夫婦旅はおもしろい。巨大魚と巨大ゴキブリin チェンマイ

「チェンマイに行くなら夜行列車で行きなよ。泊代も浮くし、車両内にBARがあって楽しいぞ。」

バンコクを出る前に友人が電話で教えてくれた。

僕たち夫婦はとある有名旅行記を読んでいたこともあり、東南アジアの列車に対する憧れは元々もっていた。

そのうえでその電話がきたのだから当然のごとく妻も鉄道を希望した。

だが僕はこのときになって飛行機で行くことを考えていた。

たまたま航空券が安くなっており、とはいえ鉄道よりは高かったと思うが、物価の安いチェンマイでの泊代が浮くことを考えるくらいなら、あっという間に着く飛行機の方に安さを感じたからだ。

それからもう1つ。

寝台は泥棒がいる、というブログの入れ知恵からくる心配性を患った妻と乗車したところで気が休まらないのが目に見えていたからだ。

逆鱗に触れぬように妻を説得すると、意外にもあっさり「そうだな。飛行機だな。」と納得してくれた。

逆鱗に触れず、というのは彼女の心配性なるものが、僕の安全も考えた末に生じたものだからだ。それとも僕の安全は考えてないだろうか。いや、そんなはずはない。夫婦だし。

それと、旅前に予想外な出費があったのだけど、そこからくる不安もあると思う。要するに少し貧乏旅行というか典型的バックパッカーにでもならなければ楽しめないのではないか、といったようなもの。

お金があるわけではないので僕も見習わなければいけないのだろうけど、実はそれが中々できないでいた。

過去ログにもあるが、出発前に旅に出ることが不可能と思われた絶望の時期ことだけど。実はお互いに「もし、旅に行けなくても、単発でアイスランドとタンザニアだけは絶対に行こう」と誓い合ったのだ。

しかし、そのせいで僕は気づいてしまったのだ。

自分の心がアイスランドとタンザニアだけ行ければ、他はボチボチ行ければ良いと思っていて、そのボチボチ具合も妻に比べると、乏しいということに。

朝昼晩、一緒にいる生活の僕たち。彼女に見えないところで舵を切り、船長である妻を怒らせぬように充実の旅ができるよう工夫したいところなのだ。

そんな思いを胸に秘めたまま僕は船長と飛行機で快適にチェンマイへ。

到着口を出ると、何事もなくエアポートタクシーを見つけ、予約していた安くて口コミの良いホテルへ。

僕のチェンマイでの目的はとにかくダラダラすること。あとは郊外にある釣り堀へバイクを借りて出かけメコンオオナマズを釣ること。この2つだけ。

もう1つだけ挙げるなら、よその国へ行ったときにスムーズに民泊するためのテスト的な民泊サイトからの予約および宿泊へのチャレンジ、だろうか。

本音を言えばドローンも飛ばしたいが法的にかなり面倒な手続きを踏まなければならないため、タイでは諦めている。

ホテルへ着くと、カフェ兼スタッフルームに美人スタッフが4人ほどいて、信じられないくらい優しい笑顔で出迎えてくれ、そのうちの一番若いと思われる1人が部屋を案内してくれた。

「ホテル周辺のおすすめのレストランや市場はこのマップに書き込んでありますので良ければご覧ください。ところで、ツアーには参加しますか?もし、参加するときは言ってください。色んな会社のものを揃えてますよ(釣り堀もあった)。それからバイクをレンタルするときも言ってください、
手配しますので。自転車なら無料で貸し出します。それから毎日、部屋の清掃に入りますので外出の前に洗濯物があるときは言ってください、有料ですが翌日午前中には部屋にお持ちします。とにかく困ったことがあったら私たちに言ってくださいね。」

チェンマイにはロングステイする人が多く、アパートが多いことは船長から聞いていたが、アパートより割高なホテルに長居する人もいることには、このとき納得した。ちなみに僕らのホテルは1泊1400円だった。

部屋を覗くと、清潔で可愛らしくケチのつけようもなかった。

僕のチェンマイでの目的をかなりいい形で後押ししてくれることを考えると、やはり宿代は安く、何度も笑いそうになった。

船長にとっても良いところだったはずだ。

朝昼晩、美味い物をとにかく色々な店で食い、チャリで英語学校やヨガ教室に通い、お洒落な街でショッピング。オーガニック製品を扱う市場や土産物のそろうナイトマーケットも散策し、街をくまなく遊び倒そうとしていたのだから。

一段落すると、船長は言った。

「英会話学校を探すのと、入校の手続きをするときだけ一緒に付き合ってね。」

「なんで?」

「1人じゃ心細いよ。英語何言ってるか分からんし。」

「うん、いいよ。」

いつも英会話を恐れていた彼女が、やる気に満ちているのは本当に見ていて応援する気持ちになった。

10年前に2人でタイに来た時、それは彼女にとって初めての海外旅行だったのだけど、すべてを僕が手配し、現地でのやり取りも僕が最後までやるという、完全に添乗員になり切らなければならないことがあった。

そして、それがとても疲れたことを僕が後になって漏らしてしまったことがあるのだけど、どうもそれを気にしていて、彼女はこの長旅の序章で変わろうとしてくれているようだった。

徒歩でも何とか行ける距離に語学学校があることは妻によってリサーチ済みだった。この学校は僕ですら名前を聞いたことがあり、それなりの信用があるはずで、何より宿から近いということが決め手となり早速行ってみることになった。

受付には品の良い中年女性がいた。英語のレッスンを妻が受けたがっている旨を伝えると、クラスのレベルとレッスン期間にタイプがあること、またそれらの料金について説明してくれた。なんとなく聞いていて妻が希望していた学校のように思えた。

「ここでいいんじゃない?」

「逆にここでいいの?結構お金かかるよ?」

「全然いいよ。がんばれよ。」

彼女は頷くと、受付の女性に10日間の一番易しいクラスを希望する旨を伝えた。

先払いの会計を済ませていると、ちょうど妻の先生になるらしい人が現れて、挨拶にきた。背の高い欧米人の初老の男性だった。

とても感じが良い方だった。日本や僕らの旅行にも興味を示してくれ、日本人に限らず世界中を旅する者がここで勉強していく、ということも教えてくれた。

日本にいるときは「世界中を旅してくる」などと人に言ってしまおうものなら目を丸くして誰にでも驚かれたものだが、ここでは全く驚かれない。嗚呼、息苦しい島国を出たのだなと今更のように実感。

彼はジョンと名乗った。

そして、妻とジョン先生のマンツーマンレッスンが始まった。どういうわけか一番易しいクラスを希望する生徒がいなかったらしいのだ。

妻は毎朝、寝ぼけている僕を9時には叩き起こし、朝食を出すカフェや粥屋に連れ出し、宿に戻ると「緊張してきた」などと言っては予習を始め、決まった時間に部屋を出て自転車に跨る。

やがて学校が終わると、必ずジョン先生とのレッスン内容をマシンガントークしてくる。

「今日はジョン先生に質問があるか?と訊かれたから、歳を聞いてみたら、出会ったばかりの相手に歳を聞くと相手はびっくりするよ、と返されたよ。でも、言葉が出てこないから、そんなことしか聞くことないんだよね。あ、そうそう。先生はね、リアクションが大きくて欧米人って感じで面白いよ。ときどきドイツ人の物真似なんかやったりして自分で大笑いしだすんだ。あれは絶対に日本人のおっさんじゃできない。すごいチャーミングなんだよ。でね、リスニングとリーディングは中々良いって言われた。でも、それに対して私はyesとしか答えられないけどね。それが悩みどころ。」

そんな日が繰り返された。

僕は部屋にこもって、動画サイトで何のためにもならないような動画を楽しんだり、布団に潜って大声で歌ったりしていた。

そして妻が戻る前になると、どういうわけか焦りを感じて、2人で楽しめるところがないかを調べたり、民泊サイトが本人確認のため電話番号にメッセージを送るというので、タイで電話番号をもつためのSIMカードについて調べたりした。

釣りにも行った。

それにしても青空の中を運転するバイクは心地よい。

タイでのバイクの運転は路肩から見ていると、ビュンビュン車を追い越して、その追い越し方も人それぞれで、もう交通ルールなんて無いようなもの。クラクションだらけで恐ろしいなと思っていた。

ところが乗ってみると、バイクは日本で乗っていた50ccなどとは違いパワーがあり、ついつい飛ばしてしまう。

楽しくて飛ばしてるというよりも、狭い状況で車やバイクに抜かれるのが僕にとっては苦手というだけだった。

運転のマナーのようなものも見えてきたこともあったと思う。車はかなりバイクを優先してくれる気配があったからだ。

ノーヘルの母親が前後に子どもを載せ、3人4人乗りしていることも全く珍しくない国だがが、いざ乗ってみると何故事故を目撃しないのか昔から疑問だったことが解決した。

50ccで道路の隅を走りながら追い抜かれていくよりも安心するのだ。

色々なことにチャレンジすることは、今後の旅のことを考えても大事なことだった。

特に車の運転はアイスランドでは必須。左側通行、左ハンドル、尚かつキャンピングカーなのでオイルは忘れずディーゼルを注入、ギアチェンジはマニュアル操作。

釣り堀でも専門用語などの単語を知らないから面倒なことにならないと良いなと思っていたが、行ってみると、簡単だった。

日本のカラオケ店のように受付でプランを選択すると、あとはスタッフが僕に付き添って指導してくれるというシステムで多分まったく英語ができなくてもどうにかなっただろうと思う。

釣り自体も楽しかった。

広大な池に最初の仕掛けを投げると10秒足らずでヒット。1匹釣りあげるのに初めは10分以上かかっていたはずだが、次第にコツをつかみ、最終的には1時間で7匹釣りあげた。

3時間プランだったが、1時間で肩もパンパンになり、満足したことを伝えて終了。

付き添ってくれたスタッフはなんと15歳の少年。

彼に歳を尋ねた時、外国人を相手するのも慣れているらしくフィフティではなくフィフティーンとタイ人には珍しく語尾を延ばした発音だったことを覚えている。

僕が釣った魚と写真を撮ってほしいときは先読みして「写真撮る?」と訊いてくれたり、ファイトに苦労していれば道具の使い方など事細かに分かりやすい単語やジェスチャーで教えてくれた。

15歳の時、こんなに立派に働くことができただろうか?ついつい自分と重ねてしまう。

「俺は中学と高校の6年間、英語の勉強をしたけどこんな感じだよ。なのに君はどうして英語が上手いの?」

「下手ですよ~」

背が高く照れ屋で何を尋ねてもニコニコしながら答えてくれる可愛らしい少年だった。きっと多くの外国人が彼を可愛く思い、色んなこと英語で話しかけてきたことだろう。

こうして振り返ってみると1人でよく動いたな、と感心するけど、実際は2週間以上の滞在で何かを成し遂げるために1人で外へ出たのはたった3回くらいだ。

一方、妻はレッスンも終盤に入るころには確実な成長を遂げていた。

もちろんなかなか話せるようにはならないけど、1人で対面することに対する恐怖心などは、旅立つ前にやってみたオンライン英会話のときなどと比べると、かなり無くなっているようで、単語力がないからそっちの勉強が先だ、などと言い訳をして逃げようなどとはさらさら考えないようになったらしい。

それどころか、ジョン先生に感謝の手紙を書きたい、と言ったりして、交流を楽しんでいた。

「絶対書いてね、ジョン先生への手紙。」

気がつくと僕も妻並みに先生に感謝しているところがあった。妻はバンコクのときよりも昼間なら1人で街を歩くようになり、「今日はナンパされた」と機嫌よくなったりしていた。

2人でいるときも引っ込んでいてほしいくらい人と話そうとする。これは絶対に進歩だと思ったからだ。

すべて上手くいっているように思えたときのこと。

ちょっとした夫婦間のバトルが起こった。

あまりにもくだらないのだが、夜中に妻が「うわ!超デカいゴキブリがいるよ!」と言ったところから事は始まる。

PCで安い航空券を必死に探している僕にとっては虫ごときで騒ぎ立てられるのは面倒なことだった。というのも、その報告が何を意味するかと言えば「あとは頼むよ」という無言の殺処分の懇願であることを15年の付き合いで知っていたからだ。

うちの婆ちゃんや母ちゃんは自分で殺しにかかる人だったから、どうしても彼女らと比べてしまうのかもしれない。

いや、ホテルの清掃をしていたとき、若い女子たちが客のために必死に虫と戦い、中には「ゴキブリは触覚にさえ触れなければ簡単にティッシュでつかめるんだよ」と実践してみせてくれる子さえいたのを覚えていることもあった。

「だから何だよ。自分が嫌だったら、あんたがわざわざ日本から持ってきてるあの殺虫剤で殺せばいいやん。いちいち人に頼むなよ。」

思わず怒鳴ってしまった。

妻はハエのような返事をすると、「わー!」とか「ぎゃ!」とか言いながら、またスプレーを撒きはじめた。

しばらくたって「ダメだ!全然効かない!」と助けを求めてくる彼女をも僕は完全に無視し、だんまりを決め込んだ。そんなことは誰だって頑張ればどうにでもなると思ったからだ。

案の定、5分も経つと、妻は「トイレでやっとゴキブリの動きが止まった」と報告してきた。「私、頑張ったから処分だけはお願いね」そう言ってベッドに横たわった。

仕方ないなと思いながらPC作業も終わった頃、トイレに行くと、ゴキブリはおらず、僕は天井などを見上げたが、洒落た内装が広がっているだけ。

「ゴキブリいないぞ。」

「うそでしょ?便器のすぐ横にいるでしょ?」

「あ?」

便器の横を見てみると確かにそこには何か物体らしきものがあった。よく見てみると、それは1.5~2センチの極小サイズのゴキブリ。本当にゴキブリだったのだろうか?

「ちっちぇ!」

思わず驚いてしまったわけだが、直後の妻の「殺虫剤で縮んだんだよ」という反論のせいで我慢していた笑いが止まらなくなった。

だって、あんなバッタみたいな硬いボディが縮むというSFな発想が誰にあるだろう。

しかし、後で知るところだが、それで妻はプツンとなったようだ。

口数が少なくなったことには気づいたけど、ちょっと恥ずかしくなって、いじけているだけだろうと思っていた。

翌朝、朝食を食べに出て、妻が少し疲れているようにみえたけど、まさか昨日のことが尾を引いているとは思わなかった。

妻が帰宅した後、バイクに乗って繁華街へ出かけ、信じられないくらい美味い晩飯にありついて、2人で色んなものを食べては飲んで、ダンスショーやロックバンドの演奏を観たりして上機嫌で帰宅しようとしたそのときだった。

「あー楽しかった。昨晩は本当にイライラしたけど、もうどうでも良くなったよ。」

と言うわけだ。本当にどうでも良くなっていたら、そんな嫌味な言い方する必要あるだろうか?

「え?まさかゴキブリ?」

「そうよ。」

「言いたいことあるんなら言えよ。」

「頑張って退治したんだから、それをもっと褒めてほしかったの。バンコクの夜道でネズミが出ても私は頑張って歩いたし、色々頑張ってるの。前のタイ旅行のときみたいに迷惑をかけたくないから、何でもあんたに合わせていこうとしてるの。それが分かんないでしょ?あんなに笑ってさ。」

そうは言われても、ゴキブリの件は笑うところに他ならない。小さくなったんだから。

思わぬ形で妻の逆鱗に触れていたことに驚いた。

「頑張ってるのは分かってるし、進歩は認めるけど、お前のキレどころが分からんから気遣えないよ。悪いけど、昨日のことに関しては世界中の誰もがその場に居たら大笑いしたと思うよ。」

「あんたはずっと私と暮らしてきたんだから分かるじゃん!」

「そんなこといわれても、巨大ゴキブリがいるって言われて行ってみたら、未だかつて見たことないくらいミニゴキでした、なんてのは漫才師がボケて言うことだよ。笑わないヤツのほうが冷たいとすら思うけどね。違う?」

「でも、小さくなったの!」

「ならねーよ。お前の理屈だとミニゴキに殺虫剤かけたらミニゴキはこの世から消えてしまうんだよ。そんなものあったら世の中がパニックだろ!」

なかなか理解しない妻に僕は大きな声をあげたり、たまらず笑ってしまったりを繰り返した。

そして、なんとその攻防が1時間以上続いたのだ。

最終的に僕たちがそれをどうやって解決したのか、今では思い出すこともできないまま、僕はポルトガルの民泊している部屋でこれを書いている。

記憶は、仲直りをしてバイクで帰る途中、彼女が僕のお気に入りの音楽をBluetoothスピーカーで流し始めて、気持ちよく歌いながら帰ったことに飛躍している。

コールドプレイのup&upという曲。世界一美しい、と僕が勝手に認定しているそのプロモーションビデオがチェンマイの夜道や空に映し出されて見えた。

2人旅の良いところは些細な出来事を共感できる相手がいることであり、そんなことがチェンマイを代表してしまう思い出になったりすることだろう。

最後にチェンマイでの些細な出来事をもう1つ記録して締めくくりたい。

前回のバンコク編にも書いたが、コンビニの外においてある体重計に金を入れたら、いきなり音楽が鳴り始めて周りにガン見されながら体重を計らねばならないことがあったのだけど、

同じものがチェンマイのコンビニにもあり、これはそれを知らずに街を歩いていたときのことだ。

夜、散歩してたら聞き覚えのあるメロディーが流れ始めたので、あれ?なんだったっけこれ?という具合に辺りを見回すと、すぐそばにあるコンビニで若いスリムな娘が堂々と体重を計っていた。激震が走る。

(強者)

彼女の背中には漢字でデカデカとそう書いてあるように見えてならず、気が付くとまるでファンにでもなったかのように彼女とその体重をガン見してしまっていたのだ。体重は45kgだった。

以下、チェンマイ滞在時のスナップショット。

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皆のアイドル宿の猫

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有難かった蚊帳

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何度も通ったサラダが売りのレストラン 「ソムタムウドン」という店

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何度か通った日本食居酒屋

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最も通った店は典型的なタイ料理を出すレストラン

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オーガニックマーケットにて妻が購入したワンピース

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メコンオオナマズ。暫定25kgとのこと。ボーサンフィッシングパークにて。

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繁華街のフードコートで食べた信じられないくらい美味い海鮮料理。

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マレーシアの宣教師のような方がくれたカード

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宿付近で見つけた寺

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日本の地蔵様のよう

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リカちゃん素材

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煉瓦版の絵馬

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ただ表情が好きで撮ったもの

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変わったお布施のスタイル

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艶のある金

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カラフルなツリーは一体何を意味するのだろう

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ドイステープ山頂付近へツーリング。ひとまず黄金の寺院・ワットドイステープを目指すため蛇の道をあがる。

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階段の途中。すぐ近くにあるモン族の村から小遣い稼ぎに来たようだ

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蛇の道は長い。

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到着。ここでは誰もが撮影に夢中になっていた。

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東南アジアのあらゆる山の頂付近で暮らすモン族の村。

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鶏の母と子どもたち

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これは何なのか。ガイドをつけずに来たのでさっぱり分からない。

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渋いヤカンに見惚れた。

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ボウガンの指導をしていただいた。おもちゃかと思っていたが威力が本物。

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小高いところから村を眺めた

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カラフルなオス。

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民泊するためにチェンマイから2,3時間かけて郊外へ

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民泊といってもロッジの貸し切り。

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英語が分かるはずのスタッフがちょうど外出していたため、ここに暮らす老夫婦に案内された。英語はまったく通じなかったが、それがかえって楽しかった。ブランコもあった。

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虎を展示しているタイガーキングダムという飼育施設。

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肝っ玉奥さん

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ドイツへ行くことになったため、バンコクへ戻ってきた。タイでの最後の晩は「暁の寺」で有名なワット・アルンを対岸のレストランバーから眺望。

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空港へ行く前に、バックパッカーの聖地、カオサンロードを初見学。物価の高さとバンコクで買い物などを楽しむには立地の悪さを感じた。バー、レストランや宿が並ぶ雰囲気は抜群に良い。

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